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エッセイ

Vol.3

日本語は、頑固なダブルデッカー(三)

大岡 玲

2013.06.25

 わが日本が世界に誇る古典文学といえば、まず最初に指を折らねばならないのが『源氏物語』だろう。ごく表面的にその内容をひと言にまとめるなら、絶世の美男子にして万能の才に恵まれた貴公子・光源氏と、彼が愛した女性たちがあやなす絢爛けんらんの宮廷物語、という風になろうか。

 この大古典の第一章「桐壺」では、天皇の子に生まれながら、母の出自の低さゆえに皇位を継げないことになる光源氏の出生の悲運が描かれている。そしてそこには、中国大陸の文学の影響がくっきり刻印されているのだ。物語は、身分の低い桐壺が天皇からことのほか寵愛ちょうあいされているという一文から始まる。周囲の、とりわけ帝の愛を競い合う女性たちは、その寵愛ぶりを憎んでなにかと意地悪をする。その意地悪で体調を崩した桐壺が、頻繁に里帰りをするようになると、いっそう帝の寵愛は深まる。その先の原文を、(句読点などをおぎなって)ちょっと引用してみよう。

 人のそしりをもえはばからせたまはず、世のためしにもなりぬべき御もてなしなり。上達部、上人なども、あいなく目をそばめつつ、いとまばゆき人の御おぼえなり。唐土にもかかることの起こりにこそ、世も乱れ悪しかりけれと、やうやう天の下にもあぢきなう、人のもてなやみぐさになりて、楊貴妃のためしも引き出でつべくなりゆくに(後略)

 要約するなら、帝が他人の非難も世間の目も気にせず桐壺を寵愛するので、こんなことだと中国の玄宗皇帝の頃のように世が乱れるぞ、桐壺は楊貴妃みたいなものだ、といった内容だ。これはあきらかに白居易の『長恨歌』を意識しての文章である。作者の紫式部は、当時としてはめずらしく漢文学にもくわしい女性だったから、すらりとこの枠組みを使えたのだろう。もちろん、宮廷人にとって『長恨歌』は、基礎中の基礎といっていい教養だった。

 「恋」がない中国の文学、と前回述べたのだが、この『長恨歌』は切々たる恋心が描かれた数少ない例だ。だからこそ、平安朝の貴族階級は、こぞってこの長篇詩を愛誦した。といっても、この恋心には仕掛けがある。いや、仕掛けというと技巧めいて響くかもしれないので、文化的規制が働いていると言った方がいいかもしれない。

 祖霊崇拝と儒教の結びつきがしっかり固まっていた唐代の漢文学には、ヤマトの人々が好む恋は表立ってはほとんど見られなかったわけなのだが、正式な夫婦の恋心についてはその限りではなかった。といっても、それは熱烈な恋ではなくおだやかでそこはかとないものでなくてはならない。かつ、できればどちらかが先立っていて(女性が亡くなっている場合が多い)、幽明境を異にしてしまった相手を哀しみいとおしむ、といった形の詩文がベストパターンとされたのである。

 で、そうした視点から眺めると、『長恨歌』はきちんとそのパターンを踏んでいる。玄宗にとって楊貴妃は、第一夫人ではないが正式な妻のひとりだし、彼が彼女をたまらなく恋しく想うという描写は、楊貴妃が無惨にも自殺を強要されて世を去ったあとのことなのである。彼女がこの世にいない寂しさに耐えかねて、その魂のありどころを道士に探させる後半はいささか熱烈ではあるが、しかし、いわゆる地上の愛欲を超越しはじめている点で文化規制の枠内にとどまっている観がある。

 そもそも、作者である白居易が『長恨歌』の大枠としていたのは、皇帝が愛欲の心に溺れたばかりに、国の体制を転覆させかねない(事実、一度は転覆した)状況におちいった唐王朝の過去を、いろいろ差し障りがあるので別の時代のようにぼかしてはいるが、しかし、風刺をこめて叙事詩にすることだった。もちろん、「天にあつては願はくは比翼の鳥となり、地にあつては願はくは連理の枝とならん」という詩の終わりの部分を見れば、永遠の一心同体を願う玄宗と楊貴妃の愛の詩的感興はいやがうえにも高まる。作者も、それは間違いなく意識していたはずだ。

 ただ、私見では、『長恨歌』はその感興のみを目指して書かれたわけではなくて、あくまで巨視的な歴史の歯車とバランスをとったうえでの「永遠の恋心」といったものだったはずなのだ。ところが、日本の宮廷貴族はそのバランスには、あまり顧慮しなかった。恋心の部分のみ、永遠の一心同体への渇望のみを、和歌や物語に取り込んだ。

 その点、紫式部の利用法は、「国の乱れ」という観念をきちんと取り入れている点で、むしろ例外的に正統な受容といえる。だが、政治さえも独特の性愛的古代性に染めあげてしまうところのあるヤマトの心性は、『源氏物語』においても根深いものがあって、「桐壺」以降巻が進むにつれてそこここに見出すことができる『長恨歌』への目くばせは、ことごとく「恋」の側に傾いている。政争絡みの描写があっても、やはりいつも「恋」が先に立つのだ。

 このようになんでも「恋」に加担したがる傾向がわれらが先祖にはあるということについては、『長恨歌』のようなきわめて正統的な文学を例にした場合、それでもまだ「まあ、そういうかたよりは、あるいはあったかもね。でも、結局後世の解釈次第だからさ」という意見も当然でるだろう。そこでさらに、中国産のある作品をとりあげて、わが日本のかたより具合を検証したいと思うのである。『遊仙窟』という題名の作品だ。

この項続く



大岡 玲(おおおか あきら)

1958年東京都生まれ。東京経済大学教授(日本文学)・作家

東京外国語大学大学院ロマンス系言語学科修了。89年『黄昏のストーム・シーディング』で三島賞、90年『表層生活』で芥川賞を受賞。書評やエッセイ、イタリア語を中心とした翻訳も手がける。近著に『本に訊け!』(光文社)、『文豪たちの釣旅』(フライの雑誌社)など。文芸誌『こころ』(平凡社)で、2013年4月から連作短篇の連載を開始。

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