Vol.7
このコーナーでは、はるこ先生が漢字にまつわるさまざまな話題を皆様にご紹介します。
明治維新後の文明開化により、日本には西洋の思想や文学がたくさん取り入れられました。シェイクスピア、ヴェルヌ、ゲーテなど西洋の名作も次々と翻訳され、知識層を中心に広まりました。
西洋文化を取り入れるにあたって、西洋の文物や考えを翻訳するために新しい語彙が必要になりました。
もともと日本で使われていた和語に翻訳されたものもありますが、漢字の意味を駆使して新しい漢語がたくさん生み出されています。
「文明」、「文化」、「法律」、「経済」、「資本」、「科学」、「哲学」、「思想」、「概念」、「建築」、「国語」、「美術」、「郵便」などは、いずれも日本人が新しく造った漢語です。
また、外国語の発音をカタカナで表記したり、漢字に当てはめて使った外来語もたくさん生まれています。
仮名垣魯文の戯作『安愚楽鍋』(1871年)には「食台(ていぶる)」、「牛乳(みるく)」、「伝信機(てれがらふ)」などの外来語が見られます。
しかし、当時はまだ言文一致(日常の話し言葉に近い口語体で文章を書くこと)が進んでおらず、西洋の文学作品にも江戸時代の戯作のような作品名が付けられ、漢文を崩したような文語体で翻訳されました。
ジュール・ヴェルヌの『八十日間世界一周』や『海底二万里』、ゲーテの『狐の裁判』など、今でも通用するタイトルで翻訳された小説もありますが、童話集の『イソップ物語』は『通俗伊蘇普物語』、シェイクスピアの戯曲『ロミオとジュリエット』は『露妙樹利戯曲 春情浮世之夢』や『仇結奇之赤縄 西洋娘節用』などと翻訳されています。
では、以下の作品は、現代ではどのようなタイトルで翻訳されているでしょうか。
それでは、明治時代のタイトルと、現代知られているタイトルを比べてみましょう。
明治時代の邦題 | 現代の邦題 | 作者 | 訳者(日本での初出年) |
---|---|---|---|
魯敏孫全伝 (ろびんそんぜんでん) | ロビンソン・クルーソー | ダニエル・デフォー | 斉藤了庵・訳(1872年) |
開巻驚奇 暴夜物語 (かいかんきょうき・あらびやものがたり) | 千夜一夜物語 | アラビア語の説話集 | 永峯秀樹・訳(1875年) |
鵞瓈皤児回島記 (がりばあかいとうき) | ガリバー旅行記 | ジョナサン・スウィフト | 片山平三郎・訳(1880年) |
瑞西独立 自由の弓弦 (すいすどくりつ・じゆうのゆみづる) | ウィリアム・テル | フリードリヒ・フォン・シラー | 斉藤鉄太郎、白水増吉・訳(1880年) |
仏国革命起源 西洋血潮小暴風 (ふつこくかくめいきげん・にしのうみちしおのさあらし) | ジョゼフ・バルサモ | アレクサンドル・デュマ | 桜田百衛・訳(1882年) |
西洋珍説 人肉質入裁判 (せいようちんせつ・にんにくしちいれさいばん ) | ヴェニスの商人 | シェークスピア | 井上勤・訳(1883年) |
該撒奇談 自由太刀余波鋭鋒 (しいざるきだん・じゆうのたちなごりのきれあじ) | ジュリアス・シーザー | シェークスピア | 坪内逍遥・訳(1884年) |
甸国皇子 班烈多物語 (でんまるくのおうじ・はむれつとものがたり) | ハムレット | シェークスピア | 坪内逍遥・訳(1885年) |
泣花怨柳 北欧血戦余塵 (きゅうかえんりゅう・ほくおうけっせんよじん) | 戦争と平和 | トルストイ | 森體・訳(1886年) |
伊国情史 鴛鴦奇観 (いこくじょうし・えんおうきかん) | デカメロン | ジョヴァンニ・ボッカッチョ | 近藤東之助・訳(1887年) |
いかがでしたか?全問正解できたでしょうか。
英語圏の作品だけでなく、フランス、ドイツ、イタリア、ロシアなど、さまざまな国の作品が日本に入ってきました。ありとあらゆる西洋文明を取り入れようとしていた先人たちの努力がしのばれますね。
明治20年(1887年)頃になると言文一致も進み、現代の私たちにも読みやすい口語体の小説が増えてきます。
ツルゲーネフの『あいびき』や『めぐりあい』(二葉亭四迷・訳)など、翻訳文学もわかりやすいタイトルの作品が登場するようになります。上で紹介した作品は、その後もさまざまな訳者により繰り返し翻訳され、新聞や雑誌で連載されたり、舞台で演じられたりして現代に伝えられています。
世界中で長く愛されている西洋の名作の数々に、ぜひ触れてみてください!