漢字探検隊

Vol.8

桜にこめられた想い

このコーナーでは、はるこ先生が漢字にまつわるさまざまな話題を皆様にご紹介します。

2013.03.26

平安時代の歌人、在原業平が

世の中に 絶えて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし
現代語訳:この世の中にまったく桜がなかったならば、春をのどかな気持ちで過ごせたであろうに!
と詠んだように、春を象徴する桜は昔から人の心を動かし、たくさんの歌人に詠まれてきました。

「さくら」を表す漢字

「桜」の旧字体「櫻」は、もとは「ユスラウメ」を表す漢字でした。

ユスラウメは、中国や朝鮮半島が原産のバラ科の落葉低木です。春に薄いピンク色の花が咲き、赤や白の小さな実がなります。実はそのまま食べたり果実酒にしたりできるそうです。
中国では「英桃」や「桜桃」と呼ばれていますが、日本では当て字で「梅桃」や「山桜桃」と表記されます。

漢字が日本に伝わった頃、日本にはユスラウメは自生していませんでしたので、古代から親しまれてきた「サクラ」を表す漢字として「櫻」が使われるようになりました。なお、万葉仮名では「佐久良」とも表記されています。

「櫻」の旁の「嬰」は貝を連ねて作った首飾りをまとった女の人を表しており、木偏に「嬰」で、木を取り巻くように花が咲く樹木を意味しています。
ユスラウメもサクラも、木全体を覆うように、枝にたくさんの小さな花が咲くので、「櫻」のイメージにぴったりです。

百人一首の桜

鎌倉時代初期の歌人 藤原定家が京都の小倉山の山荘で編纂したといわれる「小倉百人一首」には、「桜」が含まれる和歌が三首選ばれています。

いにしへの 奈良の都の 八重桜 けふ九重に 匂ひぬるかな (61番 伊勢大輔)
現代語訳:古い都があった奈良から献上された八重桜が、今日はここ(現在の都である平安京の)九重の宮中で美しく咲き誇っていることですよ!
もろともに あはれと思へ 山桜 花よりほかに 知る人もなし (66番 大僧正行尊)
現代語訳:一緒にしみじみとした情趣を感じようではないか、山桜よ。お前のほかにこの気持ちを分かり合える人もいないのだから。
高砂の 尾上の桜 咲きにけり 外山の霞 たたずもあらなむ (73番 権中納言匡房)
現代語訳:はるか遠くの高い山の峰にも桜が咲きだしたようだ。(この美しい桜の花を眺めていたいので)人里近い山々の霞が立ちこめないでほしいものよ。

また、桜の花を詠んだとされる歌はほかにも三首あります。

花の色は うつりにけりな いたづらに わが身よにふる ながめせしまに (9番 小野小町)
現代語訳:桜の花の色は移ろってしまった。ただいたずらに、私が世を過ごす長雨に思いふけっている間に。
久方の 光のどけき 春の日に しづ心なく 花の散るらむ (33番 紀友則)
現代語訳:のどかに光が差す春の日なのに、どうして桜の花は落ち着いた心もなく、次々と散ってしまうのでしょう!
花さそふ 嵐の庭の 雪ならで ふりゆくものは わが身なりけり (96番 入道前太政大臣)
現代語訳:桜の花を吹き散らしている庭はまるで雪が降っているようだが、老いて「旧(ふ)りゆく」(古くなっていく)のは、雪ではなくて私のほうなのだよなぁ。

美しい花を咲かせてはすぐに散ってしまう桜に、うつろいやすい人の気持ちや、老いていく自分の身を重ねていたようです。

万葉集の桜

奈良時代に編纂された、現存する日本最古の和歌集「万葉集」にも桜の歌が詠まれています。

たとえば、巻第八の「春相聞(そうもん)」には、厚見王(あつみのおおきみ)から久米女郎(くめのいらつめ)に贈った歌として

やどにある 桜の花は 今もかも 松風疾(はや)み 地(つち)に散るらむ (巻第八 1458番 厚見王)
現代語訳:あなたの家の庭に植えてある桜の花は、今頃は松風がひどく吹いているので(待ちわびているうちに)土の上に散ってしまったでしょうか。
とあり、この歌に対し久米女郎が返した歌は

世間(よのなか)も 常にしあらねば やどにある 桜の花の 散れるころかも (巻第八 1459番 久米女郎)
現代語訳:世の中も普遍ではなく変わりゆくものですから、我が家の庭の桜の花も散ってしまう頃ですね。
とされています。

「相聞歌」とは、お互いを案じて贈りあう歌のことであり、万葉集では主に男女の恋愛の歌がまとめられています。
なかなか会いにいけない恋人には、松風のように激しくアタックをしてくる男性も多いのでしょう。心変わりを心配する男性に対して、女性は、このまま放っておくと我慢強い私の気持ちも移ろってしまいますよ(早く会いに来てくださいね)、と応えているように読み取れます。

三十一文字(みそひともじ)に想いを託した二人の姿が目に浮かぶようです。
1200年以上も前の愛のやりとりが現代にまで伝わっているなんて、ロマンチックですね。

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