Vol.14
このコーナーでは、はるこ先生が漢字にまつわるさまざまな話題を皆様にご紹介します。
6月も下旬となり、あじさいの花が見ごろを迎えていますね。今回はあじさいの名前の秘密に迫ります。
ガクアジサイの一種「墨田の花火 」
あじさいは日本原産で、もとは関東地方の海岸に自生していたガクアジサイが原型種と言われています。
あじさいの語源は、「藍色が集まったもの」を意味する「あづさい(集真藍)」がなまったものという説が有力のようです。
万葉集には、その名前が詠まれた和歌が2首収録されています。
言問はぬ 木すら味狭藍(あぢさゐ) 諸弟(もろと)らが 練りの村戸(むらと)に あざむかえけり(巻第四 773番 大伴家持)
現代語訳:ものを言わない木でさえ、あじさいのように移り変わりやすいものです。諸弟たちの巧みな言葉にすっかりだまされてしまいましたよ。
安治佐為(あぢさゐ)の 八重咲くごとく 八つ代にを いませ我が背子 見つつ偲ばむ(巻第二十 4448番 橘諸兄)
現代語訳:あじさいが幾重にも重なって咲くように、いつまでもお健やかでいてください。私はこの花を見るたびにあなた様を偲ぶことでしょう。
このように、あじさいは、色が移り変わる花として、また幾重にも重なって咲く花として古くから親しまれていたことがわかります。
平安時代になると、あじさいを詠んだ歌はほとんど見られなくなりますが、辞書類にはその名が記されています。
『新撰字鏡』(しんせんじきょう)は、昌泰年間(898~901年頃)に昌住という僧侶によって編纂された、現存するものとしては最古の漢和辞典です。
ここに、「」という漢字に対して、「止毛久佐(ともくさ) 又 安地佐井(あぢさゐ)」と読みが記されています。花びらが集まっている様子から「友草(ともくさ)」と呼んでいたのでしょうか。
ちなみに、現在流通する世界最大の漢和辞典『大漢和辞典』(大修館書店)にも「」の字は収録されていますが(大漢和番号31355番)、読みに「ヘン、ベン」、意味に「は、草の名。」とあるだけで、「あじさい」とは記されていません。
『大漢和辞典』が典拠としているのは、中国の宋の時代、1039年に編纂された『集韻』という韻書(漢字を韻によって分類した字書)なのですが、あじさいは日本固有の花で、当時の中国には生息していなかったため、中国の「」は「あじさい」を指す漢字ではなかったと思われます。
その後、日本でも中国でも「」であじさいを指す用例があまり見られないところをみると、一般には広まらずに廃れてしまったのかもしれません。
※国立国会図書館デジタル化資料 - 新撰字鏡. [2]のコマ番号 13/38に「」の表記が見られます(左上写真)。
初めて「紫陽花」の表記が日本の書物に登場するのは、平安時代中期に源順(みなもとのしたがう)によって編纂された百科事典『倭名類聚抄』(わみょうるいじゅしょう)です。
「紫陽花」の解説として、「白氏文集律詩云 紫陽花 和名安豆佐爲」とあります。
「白氏文集律詩」というのは中国の唐の時代の詩人白楽天(白居易)の漢詩集のことで、「紫陽花」という漢詩が収められています。
源順は、その「紫陽花」を「あじさい」と解釈し、「和名安豆佐爲(あづさゐ)」としたようです。
ウズアジサイ。別名は「おたふく 」
しかし、白楽天は紫陽花のことを「色ハ紫ニシテ、気ハ香バシク」と記しており、香りに乏しいあじさいの表現としては適切ではないこと、また先に述べたように、あじさいは当時の中国には咲いていなかったことから、実は「紫陽花」は別の花のことを指していたのではないかと言われており、現在では、「紫陽花」は「あじさい」ではなかった、という説が有力です。
それ以降の辞書類も『倭名類聚抄』にならって、あじさいの漢字表記として「紫陽花」と記しているため、誤った当て字が広まってしまったようです。
勘違いとはいえ、「紫陽花」という表記が美しく、あじさいのイメージにぴったりなため、定着してしまったのも無理はないかもしれませんね。
※国立国会図書館デジタル化資料 - 和名類聚抄 20巻. [10]のコマ番号 33/65に「紫陽花」の表記が見られます(左上写真)。
「超漢字検索」を使うと、『大漢和辞典』の親字に割り振られた「大漢和番号」を調べることができます。
たとえば、「」の場合は、以下のように探します。
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※ 本文中に挿入された『新撰字鏡』および『倭名類聚抄』の画像は、国立国会図書館の許可を得て転載しています。