超漢字マガジン第2回のインタビューは、国語学者の山口明穗先生のPart 2です。
前回は、漢字と日本語についてのお話でしたが、今回は、辞書や辞典の編纂に携わってこられた先生に辞書づくりのエピソードについてお伺いしました。
「わが国鉄鋼業」が「わがJR鋼業」に
――最近テレビでけっこうクイズめいた言葉の問題をみかけますね。この文字は何て読む?とかあって、けっこう難しい字がでてきますね。
そんな、試験に出したら、絶対間違いだって言われそうですよ(笑)。
言葉って、間違いだ、間違いだって言っているとどれが間違いなのか、わかんなくなっちゃってね。バレーの監督が「優勝をほぼ『てちゅう(手中)』におさめた」(※正しくは『しゅちゅう』)って、こんなこと言うんだって、教室で何回も何回も繰り返ししゃべっているうちに、うっかり自分も使いそうになったりしてね。
――そういえば、「ぜんぜん」のあとには否定形がないといけない、って話だったのが、最近では、「ぜんぜん」は強調を示すだけで、否定形がなくてもいいという話がありますよね?
もともとは、「すべてに行きわたる」とか、完全であるとかの意味であって、漱石や、ああいう人たちは、みんなそう使っているんですよ。
――いつからか、(使用方法が)厳しくなったんでしょうか?
次第に打消し形と対応させるようになって、それから、それがまた崩れて、「ぜんぜん、おいしいや」とか肯定形で使われるようになりました。
――若い人の言葉を聞いて、「ぜんぜんおいしい、なんてけしからん」という人がいるけれど、歴史的にみると、否定形との組み合わせが、ある期間の特別な言い方ということでしょうか?
ええ。そうですね。でも、テレビを見ていたら、「そこへは行きますか」と聞かれた人が「ぜんぜん行きます」と答えていたけれど、そういう使い方はどうかなぁ。
――先生は漢字の辞書を手がけられていらっしゃいますね。漢字の辞書は、昔、カード作って作成した、という話を聞いたことがあるんですが、今でも同じなのでしょうか?
昔、個人的には用例カードみたいなのを作ったことがありますが、今ではパソコンです。『広辞苑』では第三版以後はカードはないです。(※注:現在は第六版)
そのとき、全部のカードを取らなきゃならないという人がいたので、「そんなことないよ、コンピュータに(データを)入れてしまえば一番楽だよ。言葉を入れれば五十音順に配列してくれるし」と言ったんですけどね。でも、恥ずかしい話ですけれど、私はコンピューターは使い切れず、思わぬところで間違えたこともあります。ないと思った項目がすでにあったりして。
――同じ言葉が2か所に入ってしまったりですか?
まあ、それに類することです。
私は別に旺文社の『国語辞典』を作っていますが、そこでゲラの段階でよっぽど気を付けないといけないんです。たとえば、ゲラで訂正入れますでしょ? そうすると同じような訂正がほかにも入っちゃうんです。だから、訂正を入れると、従来の印刷だと、訂正箇所以外はそのままでいいんだけど、コンピューターだと訂正箇所以外を直しちゃう可能性があるんですね。だから、別のところもずっと見ていかなきゃならないんですよ。
――1か所ゲラの段階で直すと、機械処理でほかの部分まで間違って直してしまうんですか?
機械が直しちゃうんです。
――機械処理がうまくいってないってことですか?
機械処理が悪いんですかね……ただ、どうしようもないのかな? 国鉄がJRになりましたね。国鉄をぜんぶJRに直せって機械に指示を出すと、「わが国鉄鋼業(わがくに、てっこうぎょう)……」とかも直しちゃう、そういう点も気をつけないと……。
――なるほど(笑)。
それから同音異義語の変換ミスですね。飛行機の「搭乗」ってところで、漢字の表記に普通の「登場」が入ってきたり……。
――意外に副作用があるんですね。新しい版をつくるための作業ってどのくらいの期間をあけてやるんですか?
前は『広辞苑』なんかでも、新しい版を出すと、10年後くらいを考えて版を出すようでしたね。版を出したら、すぐに次の版のために動くってこともあるし……次のスタートの時期が後に後になっていくということはあるようですね。
――複数の編纂者がいるときには、分担はどうされていますか?
書くときは一人では全部などとてもできないですからね。分野に分けて担当するやりかたと、それから五十音順でどっからどこまでは誰、どっからどこまでは誰、という分担方法もあると思います。
――最終的に全体を同じトーンにまとめたりするんですか?
あれは難しいですね。たとえば、ベートーベンを音楽家とつけた人がいたとします。ほかの人がショパンに作曲家とつけた場合、パソコンで検索して「音楽家」で調べると、ショパンが出てこないということも起こりうるんですよね。当然、逆の場合もあります。とすると変だってなりますよね。それをなくすためにどうするかってことも決めないとならないですから、ただ、解説を書く勢いがあるので、一概には決められなくて。
――チェックが大変ですね。
チェックは大変だと思いますね。編集者はしっかりした人がいないとちょっとできませんね。私なんていうのは、間違いを探すためにいるみたいなもんです(笑)。