エッセイ

Vol.1

短歌と日本語(一)

大谷 雅彦

2014.02.25

 日本語の特徴の一つに七五調あるいは五七調というものがある。耳で聞いても心地よいし、声に出して読みやすい。五七五の三句十七音からなる俳句や、さらに七七の二句を加えた三十一音の短歌においては、古来基本的な調べとされてきた。近代・現代の詩歌や流行歌などにも生きているこの七五調は、日本語の基本的なリズムであるといえよう。

 いつからこのような調べができあがったのか……。

 日本語で記された古い記録といえば古事記や日本書紀がまず思い浮かぶ。これらは八世紀の初めにまとめられたとされているが、すべて漢字で書かれている。その後、八世紀の中ごろになると万葉集が成立し、さらに十世紀の初めには古今和歌集が完成する。万葉集には四千五百首もの和歌が集められているが、ここでは漢字とともに、万葉仮名といわれる仮名(漢字一字を仮名一字に当てる)が用いられていた。古今和歌集になると、漢字仮名混じり文で構成されている。万葉集に見られるような、漢字そのものを仮名として読ませるのではなく、「仮名文字」という字形がはっきりと意識して使用されるようになった。現在私たちがふつうに使っている平仮名の原型がこの時代にできあがったと思われる。

 古事記や日本書紀では、漢字ばかりで文章が綴られており、それはすなわち漢文そのものだった。中国から朝鮮半島を経由して入ってきたと思われる漢字を用いて日本語を記録したのである。しかし、漢字はもともと中国語を表記するための文字であり、そのままでは日本語がうまく表記できなかったので、あれこれ工夫して万葉仮名を作り出したのだった。

 このように古代の日本語の表記は漢字に頼っていて、その漢字は楷書体で書かれていたが、楷書体のほかにも行書体や草書体という書体があった。基本となる楷書体をもっとも崩した書体が草書体で、その字形をもとに仮名が作られていったと思われる。「安」の草書体が「あ」になり、「以」が「い」に、「宇」が「う」になったと考えられている。私たちが現在使用している平仮名のほかにもたくさんの仮名が当時は使われていて、それらを変体仮名と呼んでいるが、漢字の草書体とほとんど同じ字形の変体仮名も多く見られ、一部は明治時代になってからの出版物にも用いられるなど、日常的に使用されていた。

 いわゆる「仮名文字」が定着するようになって、「大和言葉」で表記する日本語の和歌がきちんと記録されるようになったのではないだろうか。古今和歌集にはいくつもの写本が残されており、貴族の必須の教養として、また書の手本として大切に取り扱われてきた。日本語は筆に墨を含ませて書くことから、一つの文字の大きさ、幅や高さを自由に配置することができる。さらに複数の仮名文字を続けて書く「連綿」という手法、あるいは文字が整然と縦に並ぶだけでなく、一定の範囲内に自由に文字を配置する「散らし書き」の手法などもあり、たんなる言葉の記録にとどまらず、「美」を意識した非常に洗練されたものになっている。

 このような仮名文字の発達が七五調の形成と無関係ではないことをあらためて感じるのは、古今和歌集や小倉百人一首などの和歌を声に出して口ずさむときであろう。五七五七七という五句三十一音の短歌の形式はこの七五調あるいは五七調を基本としており、それぞれの句ごとに短い間隔を空けて読んでいくと一首(いっしゅ=短歌では作品の単位を「首」という)がうまくまとまるのである。また、この形式的なルールに従って自分の言葉を並べていくと、なんとなく短歌らしいものができあがってしまうのがふしぎである。短歌や俳句に親しみを感じてちょっと作ってみようかなという気になるのは、古代から変わらない言葉の調べが五七五七七の伝統的な形式のなかに息づいているからであろう。

 ところで、古代より江戸時代までの古典和歌全般を「和歌」と称しているが、それらは短歌、長歌、片歌、旋頭歌などに分けられる。これらの和歌がどのようにして成立したのかについてははっきりとはわかっていないが、「五七」の二句の組み合わせが何度かつづいた最後に「七七」で終わる長歌形式の和歌がもっとも古くその形式を固定させていったのではないかと思われる。短歌は、万葉集にも多く見られるのであるが、「反歌(はんか)」という名前で長歌の末尾に添えられる形で配置されている場合もある。長歌が詠まれる過程で、末尾の部分が興奮と感動を伴って繰り返し歌いあげられるとき、その印象的なフレーズが短歌として独立して書き記されるようになったのではないだろうか。

 長歌の場合、五七五七……と二句の組み合わせで歌われてゆくのであるが、この場合は五七調になることが多い。安定して一定のリズムで歌いつづけるのに適した調べである。万葉集に収録されている長歌にはこの五七調のものが多く、一つ一つの音を刻むように言葉を紡ぎ出すような歌いかたである。万葉仮名で一音一音をくっきりと表記しているのも効果的に思える。一方、短歌は五七五七七の五句三十一音で一首が完結するので、七五調の調べのほうが全体をまとめやすい。柔らかな仮名文字がいくつかの言葉をうまくまとめて短歌形式のなかに収めてしまうのかもしれない。

この項続く



大谷 雅彦(おおたに まさひこ)

1958年兵庫県生まれ。歌人。

立命館大学卒業。1976年「角川短歌賞」を受賞。歌集『白き路』(1995年)、『一期一会』(2009年)。


※写真:しだれ桜。写真は、大谷氏よりご提供いただいたものです。

▲PAGE TOP