漢字探検隊

Vol.17

鍵屋! 玉屋! 屋号の由来

このコーナーでは、はるこ先生が漢字にまつわるさまざまな話題を皆様にご紹介します。

2013.08.06

夏休み特別企画で紀伊國屋書店さんにお邪魔してきましたが、新宿に開いたお店の名前がなぜ「紀伊國屋」だったのでしょう?
そこで今回は屋号について調べてみました。

紀伊國屋書店の屋号

紀伊國屋書店は田辺茂一氏によって、1927年(昭和2年)1月に新宿で創業しました。
同人誌や文芸誌に力を入れ、書店の2階にギャラリーを併設するなど、個性的な書店だったようです。

田辺家は代々炭屋を営んでいたそうです。江戸時代に、紀州徳川家に仕えていたご先祖様が商売を始めるにあたり、出身地の紀州・和歌山にちなんで「紀伊國屋」を屋号にしたのが由来だそうです。

戦争で店舗は消失してしまいましたが、戦後書店を再開。現在のビルは1964年(昭和39年)に建てられたもので、入り口のレンガやエスカレーター、地下街のレトロな雰囲気に、昭和の面影が残っています。

「屋号」とは?

屋号とは、家や店を呼び分けるためにつけられた通称のことです。

江戸時代の身分制度により、苗字は武士身分の象徴とされ、町民や農民などの庶民は苗字の公称を禁じられました。
商人や大きな農家のように、他の地域とも交流がある場合、名前だけでは不都合だったため、便宜的に屋号を名乗るようになったといわれています。
屋号は、自分や先祖の出身地に由来したり、職業や商売にちなんだものが多いようです。

歌舞伎俳優が「○○屋」と屋号で呼ばれるのも、副業として町で商売をしていたことに由来しているそうです。

また、村や町の中でも、苗字を名乗るかわりに、地形や屋敷などの特徴や初代の家主の名前を屋号としていました。
現在でも、古い農村では、たとえば「本家の○○」「新宅の××」「坂上の△△」「川向こうの□□」などと、屋号で呼び合う場合があります。

花火師の屋号

さて、夏といえば花火ですね。今年の夏も全国でたくさんの花火大会が催されています。

大きな花火が打ちあがるときに「か~ぎや~!」「た~まや~!」と叫ぶのを耳にしたことはありませんか?
実は、鍵屋と玉屋は江戸時代に名を馳せた花火屋の屋号なのです。

鍵屋の創業は1659年。初代の弥兵衛さんが、守護神であるお稲荷さんの狐がくわえていた鍵をとって屋号にしたと伝えられています。
1732年(享保17年)に大飢饉に見舞われた徳川幕府は、翌年、5月28日の「両国川開き」の日に、隅田川で慰霊のための水神祭を催しました。このときに花火の打ち上げを担ったのが鍵屋でした。

また、1808年に鍵屋の番頭の清七さんがのれんわけした際に、お稲荷さんのもう一方の狐がくわえていた玉から「玉屋」を名乗るようになりました。

以来、両国川開きでは、両国橋を挟んで川上を玉屋が、川下を鍵屋が受け持ち、交互に花火を打ち上げるようになりました。観客は、すばらしいと思った花火をたたえて、花火が打ちあがると「か~ぎや~!」「た~まや~!」と花火屋の名前を叫ぶようになったそうです。

玉屋は腕が良く、花火見物での評判もとても良かったのですが、残念なことに、1843年に失火事件を起こしてしまいます。町並みを大きく消失させた玉屋は江戸を追放され、一代でお家断絶してしまいました。

いっぽう、鍵屋は現在15代目まで続いています。
花火大会では、創業以来、江戸・東京の花火を支えてきた鍵屋だけでなく、全国の花火師が腕を奮って花火を打ち上げます。ぜひ、花火師の屋号にも注目してみてください。

関連リンク

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歴史・沿革 since 1927 紀伊國屋書店のあゆみ(紀伊國屋書店)

宗家花火鍵屋

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