インタビュー

Vol.6

東アジア100年の歴史がわかる国、台湾――もう一つの漢字圏 台湾の文学 (後編)

和泉司 × 赤松美和子

外国人留学生と日本語教育


――和泉先生は留学生に日本語を教えていらっしゃいますね。日本語教育についてもお話をお伺いしたいのですが、その前に、お二人が、海外で外国語を学びながら外国文学の研究することのご苦労にはどんなものがありますか。

赤松:私は語学が苦手なこともあり、取材に行くときにすごく緊張しますね。実際取材に行くと、台湾の人はすごく優しくて、私がうまくしゃべれないでいると「ちょっと(取材用の)ノートを見せて」と言って、自分で質問を読んで答えてくれたり(笑)、さらに「次はこの人のところに行くと良いよ」と教えてくださったりもするんです。言語的にも知識的にも乏しい中で行くので、行く前はドキドキしますが、帰ってきたときには「行って良かった!」と思う経験が多いですね。

和泉:あまり語学をちゃんと勉強しなかったので日本語のことばかりやっています(笑)。

――和泉先生のクラスには、いろんな国の留学生がいらっしゃるのですよね。日本語だけで授業をしているのでしょうか?

和泉:そうですね。日本語しか使っちゃいけないよ、ということになっているので、初級のクラスでは英語で質問されても「私は英語がわかりません」と答えて、日本語で質問させます。どうしても言葉に詰まってしまう場合は、「英語でいうと○△□ですよ」と教えてしまうときもありますけど。

赤松:日本語を学ぶにあたっては、国によってここが苦手とか、ここが上手とか、こういうふうに教えてあげたらいい、とかいう傾向や特徴はあるんですか?

和泉:母語の影響が大きいのは当然ですね。中国人は漢字がわかるから、すぐに読めるようになります。韓国人は、文法がすぐ頭に入っていきます。欧米系の人が苦労していますね。漢字の書き順の存在が理解できなかったり、マス目用紙の使い方もわからないので、ひとつのマス目に偏だけを書いちゃったりする人もいます。たとえば「語」という漢字を「言」「吾」と二つのマスにバラバラに書いちゃうんです。「これはひとつのブロックに「語」と書くんだよ」と教えるんだけど、何でそうなるのかがよくわからないんでしょうね。

――アルファベットの印象が強いから、二つに分かれてしまうのですね。

和泉:原稿用紙の使い方とかも教えます。教えながら「もう原稿用紙の時代じゃないよなぁ」と思いますけれど(笑)。今はパソコンで書いちゃうから。

――パソコンを使うより、手で書いたほうが頭に入ると思いますが。

和泉:もちろんそうですね。基本的に、宿題をパソコンでやらないように指導しますし、作文の宿題も手で書かせます。原稿用紙の使い方で、縦書きの「、」は、ひとつのマスを四分割した右上に「、」を打つ、ということも教えていますが、今後彼らが日本語を使っていくうえで、手書きの原稿用紙の使い方が必要になるのかというと必要ではないですよね。……そういえば、台湾では句読点はマス目の中央に書くんですよね。

――確かにパソコンで台湾のフォントを使って入力すると句読点が真ん中寄りにくることがありましたね。

和泉:最近の台湾の若い子に聞くと、そんなの知らないって言われるんですが、今は変わったんでしょうかね。ちょっと不思議です。

――日本語の作文を書かせるときに、母語で文章を組み立てたものを翻訳して書かせているのですか? それとも最初から日本語で考えて書くように指導しているのですか?

和泉:日本語で考えて書くのが理想だと思いますが、正直なところ、それはこちらでは教えようがないですね。でも、読むとどっちで書いているかはわかります。明らかに語彙を一対一で訳してしまっていたり、絶対日本語では使わない単語を、電子辞書で検索したまま置き換えて使っていたりするので。文法的にはそんなに破綻していないんですが、あきらかにおかしな言葉遣いをしたり、動詞の活用がおかしかったりしますね。たとえば「あと」の前はかならず過去形で「した」で「したあとで」で、「前」は当然「する前に」になりますが、「するあとで」や「した前に」って書く人が出てくるんです。たぶん母語での時制の使い方が影響しているんでしょうね。日本語で考えて日本語で書ける人はそうはいないので、母語で考えたものを日本語に翻訳する段階で、きちんと文法を理解していると上手な文章になると思います。そういう意味では韓国の人はかなり日本人に近い文章を書きますが、最近は話し言葉で文章を書く人がすごく多いんです。ドラマとか漫画の影響でしょうね。「~しなきゃ」とか「ちょっと」とかは使っちゃだめですよ、って教えますけれど。

――留学生が日本にくる目的はどんなことが多いですか?

和泉:学校によって違うのでしょうが、学部に入ってくる人は基本的に学位取得を目指していますね。語学留学の留学生だと、日本の文化が好きだから、半年から一年くらい日本を経験してみたい、という目的の人が増えましたね。

――やはり日本の文化に興味を持って留学される方が多いのですね。

和泉:話を聞くと、ここ数年はポップカルチャーに偏っていて、それしか魅力がなくなっているのかなと感じます。アニメ、漫画、ドラマ、音楽から日本が好きになったという人の数は安定してありますね。

赤松:日本のドラマが好きという人は東アジアが多いですか?

和泉:そうですね。あまり欧米の人では聞いたことがないですね。ドラマだと日本人が演じているので、見た目で人種とか民族があきらかに違うせいかもしれません。

――最初は気軽な気持ちで来て日本を体験して、それから何度も日本に来たり、日本に残ってしまう人もいたりしますか。

和泉:日本に残りたいという人はたくさんいます。ただ、日本だと就職活動が大変なので帰国したり、日本の大学院に入りたいと思っていても日本語がそこまでのレベルに達せずに帰ってしまう人もいます。その後もときどき日本に旅行とかで遊びにくる感じですね。

――日本に何度も来たいと思ってもらえるのはうれしいですね。お二人にとって、外国に行かれたからこそわかる日本の良さはどんなところでしょう?

赤松:そうですね……。台湾のほうが穏やかで、日本のほうが圧倒的に「きっちり」「ちゃんと」していますね。

和泉:学生の身分で行ってしまうと、台湾の人は日本人をすごく大切にしてくれるので居心地がいいんですよね。仕事で向こうにいるとだいぶ変わるのかもしれませんが(笑)。居心地がよいと感じる向こうのアバウトなところも、いざ自分が働くとなるときっと自分の日本的な「きっちり」の意識とギャップが大きくて大変になるんじゃないかと思います。

これからの台湾文学と台湾文学研究


――今後の台湾文学の展望についてはどう思われますか?

和泉:僕の研究対象には将来的な展望がないのです(笑)。テクストとか新しい作家の再生産が基本的にない分野なので……。

――今、台湾人で日本語を使って文学を書かれている方は、もういらっしゃらないのでしょうか。

和泉:台湾籍だったり、以前台湾籍を持っていた人が日本で作家活動をしている人は何人かいますが、僕が研究している人たちとでは少し傾向が違うんですよね。帝国主義下で本来望んでいなかった教育を受けることになって、その結果得た能力で差別状況の中で作品を書いていたっていう人たちと、比較はできても同じ流れとして研究をするのは難しいと思います。

――これから新たな小説が発見されたりする可能性はありますか。

和泉:新たに発見されたとしたらそれは当時も読まれていないものなので……。台湾の人でわずかに戦後も日本語で書いている人がいたので、そういう人たちがどうしていたのか、とかは気になりますね。基本的にはまだ戦前の文学をずっとやっていくと思います。研究自体は、ちょうど僕が留学した2000年くらいから、国立台湾文学館が作られたり、台湾の大学でも台湾文学研究がかなり盛んになってきたりして、研究の流れが日本から台湾に移っていく中で、自分は日本でなにができるのかを考えています。台湾の若い新しい研究者は、日本語ができずに翻訳を読んで研究していることも多いので、日本語を理解して研究しているという面で貢献ができればと思っています。

赤松:これまで日本で出版された台湾文学は、政治的なもの、フェミニズム、同性愛、セクシャルマイノリティ関係のものや原住民、現代詩のシリーズなどで、学術的には面白いんですけれど、一般的に読んで面白いと紹介できるものがそんなに多くはなかったように思います。こんなに熱心に文学教育をしてきた国に面白い文学がないはずがないと思うので、普遍的に面白いような作品をもっと探して日本に紹介したいと思っています。

――それでは最後に、この対談を読まれて台湾の文学に興味を持たれた方に一言お願いします。

和泉:台湾を中国や韓国と比べて「台湾は日本に近い」とかそういう取り上げ方ばかりがされやすいですが、台湾はそんなに特別なわけではなくて普通の国だと思うので、特別視しないで見てほしいです。それが台湾にとってもうれしいことなんじゃないかと思います。

赤松:この100年の東アジアを考える上で、台湾のことを知ると東アジアのことがわかるというくらい、台湾はきわめて東アジア的な場所だと思います。戦前、戦中には日本に植民地にされたり、戦後はアメリカの影響や中国の影響を受けたり。中国については、もともと地理的にも強い影響を受けてきていますし。台湾にいると、自分が東アジアの一員であるということや、東アジアのこの100年の歴史を感じたり理解したりすることができると思います。ですから、ぜひ台湾に行ってみてください。台湾、中国や日本について新たに見える世界があると思います。

――本日は、ありがとうございました。


次回「番外編」では、日本で読める台湾文学をご紹介します。

※文中掲載の台湾の写真は、和泉氏・赤松氏よりご提供いただいたものです。


和泉 司(いずみ つかさ)

慶応義塾大学日本語・日本文化教育センター専任講師(有期)。博士(文学)。

1975年、埼玉県生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程単位取得退学。慶應義塾志木高等学校、慶応義塾大学、和光大学、聖学院大学、日本大学、横浜国立大学、共立女子大学の非常勤講師を経て現職。専門は近代日本語文学および日本語教育史。
著書に『日本統治期台湾と帝国の〈文壇〉――〈文学懸賞〉がつくる〈日本語文学〉』(ひつじ書房、2012年)がある。

赤松 美和子(あかまつ みわこ)

大妻女子大学比較文化学部助教。博士(人文科学)。

1977年、兵庫県生まれ。2008年、お茶の水女子大学大学院博士後期課程修了。専門は台湾文学。
著書に『台湾文学と文学キャンプ――読者と作家のインタラクティブな創造空間』(東方書店、2012年)がある。

インタビューを終えて

 インタビューVol.5、6と2回にわたり、台湾文学を研究されている和泉先生、赤松先生のお二人にお話しをお伺いしましたが、いかがでしたか。

 日本支配下における台湾での日本語文学、今でも残る日本語の影響、また、台湾の抱えるさまざまな側面が創造活動におよぼした影響など、興味深いお話が多かったと思いました。これらのお話は、今までご存じなかった方も多いのではないでしょうか。お二人がふとしたきっかけで台湾に触れて、台湾の文学について研究されることになったいきさつなど、人と人だけでなく日常の中に「出会い」があるものだと改めて感じました。

 この対談をお読みになられて、台湾文学に興味を持たれた方もいらっしゃるかと思います。次回の超漢字マガジンインタビューでは「番外編」として、日本で読める台湾文学をご紹介したいと思います。お楽しみに。

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