インタビュー

Vol.1

手書きのときはどの異体字を使ってもいいんです。

山口明穗

漢字の許容性


讐っていう字ですが、中国だと3つ横に並べるのが、日本ではたてに並べてますね。 中国では、真ん中に言が入ってくるの。

――(超漢字検索で確認して)台湾書体で登録されていますね。

それが中国だと、本字らしいですね。ただ日本だと、機械で出しにくいのかな? 成分が3つになっちゃう。

――そうですね。で、日本はふるとり2つに……。

言が下にきてそれを正しい字とする。

讐とその異体字


――(中国の本字も)いちおう異体字としてJISにあるんですね。

あります。手書きのときは、どの字を使ってもいいんです。 僕の名前の一番下の文字、禾偏に恵って。3種類(※下図)ありますでしょ? ムになっているのと、わかれているのと。で、郵便局で通帳つくるときに、この字がはいっていたんですよ。 僕は書くときはこの字を書くんですね。そうすると郵便局の人が、今にこの字を使っているとお金おろせなくなりますよ。これとこれは違う字だって言うんです。どっちも機械で使えますので、どっちにしますかって。どっちでもいいって言ったら、そんなこといっていると困りますよ、って言われました。不便ですよね。

穂とそお異体字


――トロンの考え方だと、これとまた別に、これは同じ情報だよっていう情報を加えて区別もできるし、一緒にもできるっていうようなやり方があります。

読み方はこれとこれ、どれを使っても読み方は同じだよ、っていうのは、今まで日本の発想だったわけですが、コンピュータだと区別しちゃうんですか?

――基本的に区別できてしまうんですね。で、区別したものを今度は一緒だよ、という考え方の情報を追加するというやり方になりますね。

やっぱりそれをやらないとダメなんですか?

――そうですね。たとえば、その「恵」という字を読み方だけでひくとたくさんでてきてしまうので、その区別の話とこのグループは同じっていう区別は、別々に考えないといけないので。なかなかコンピュータは頭悪くって(笑)

坂村先生にいわせるとコンピュータがわるいんじゃない。作った人間が悪い、って。

――そうですね(笑)

これとこれは同じだよって、記号でいれるんですか?

――記号か、紐づけっていう形なんですけど、読み方と同じで、これと関係している字はなんでしょうか、みたいなそういうつなぎ方をする、と。超漢字検索もそうなんですけど、この字とつながってそうな字を探し出してきて、一瞬で表示しているのはそこにそういう情報をいれてあるからなんですけれども、これだとたくさんですぎてしまうんです。本当にこれとこれとこれが同じだよ、という情報をいれるのは、なかなかむずかしいんです。

たとえば、僕の場合でも、郵便局に行ってこの字を書いて、翌日こちらの字を書いたとしたら、同じ字だって判別するのは、今の郵便局のコンピュータじゃ出せないかもしれませんね。

――同じか違うかっていう判断は、かなりむずかしい問題で、たとえば、犬と太いは別の字なんですけど、犬の点の位置をちょっと右にずれて書いたものと、太の点が上側にあったときに、どこを境にして違う字だって区別するのかというと、結構むずかしいんですよね。

むずかしいですね。

――そういう意味だと、はねるとはねないかとか……

たとえば、われわれが学校で習ったときに木偏なんていうのは、この部分がはねるんですね。糸偏なんかでも、こういう糸偏と、こういう糸偏がありますよね

――ええ。これは活字の影響が大きいんでしょうか?

大きいです。

――もともと今の糸偏なんかも、作られて使われているときは「てんてんてん」のほうが多かったのに、康煕字典ときに直して、従来使っていた文字じゃない形になってしまったっていう、本を読んだことがあります。それによると、康煕字典の字が今活字になっているんで、手書きでずっと続いていた文字と活字の字が二系統に分かれてしまったというんです。

当用漢字が戦後できますよね。昭和22年かな(※21年11月内閣告示)、そのときに当用漢字なんかにかかわられた林大先生がいっておられたけど、木偏の字がはねているのとはねていないのとね、はねたのを1字だけ「林」の字だったかな。それだけが、はねた形になってしまったそうなんです。その字の場合だけはねた木偏になっちゃった。

――それはその当用漢字をきめたときの基本となる木偏の見本が、2つになってしまったってことなんですか?

ふつうのときは、はねないのが、1字だけはねちゃった。僕はそんなのどっちでも(読めれば)いいじゃないかと思うんですけれどね。東大にいたころ、知らない人から電話がかかってきて、教科書どおりじゃない字を書き取りの試験で書いたら×にされたんですが、どうなんですかって。ようするに教科書どおりに印刷字体で答案かいたら良くって、印刷字体と違うと×にされる。そんなのどっちでもいいですよ、って言ったら、いいっていうなら、ちゃんとしたもの(書面)にいいってかいて名前と判子押して送ってください。学校にもって行きます、って。でも、あまりルーズにすると「見」が「貝」になっちゃう。

――そんなこと先生のところにお尋ねになった方がいらっしゃる(笑)

ええ。よく電話がかかってきましたね。



――たしかに女って文字も右のところを出す出さないって話も聞いたことがありましたね

あれも活字を作ったときの綺麗さの問題でしょ。「人」と「入」も手書きのような活字はみっともなくてできない。それでバランスを取って「人」とする。それでは2字が同じになってしまう。区別のために片方を「入」とするとか。

――そういうところで厳密にしていっちゃうのと、もともとの漢字は先生がよく読めればいいよっておっしゃっていますから、そういう緩やかさと、どっちが良いのかよくわからない事態になってしまったわけですね。

ときどき、助手がさかんに研究室の中で動き回っているから、なにしてるのって聞くと、今電話がかかってきて、クイズの回答が正しいかどうか調べてるんです。っていうから、そんなのどっちでもいいって答えとけって(笑)。僕が保証するから適当にしておきなよ、っていいましたね(笑)。でも助手は丁寧に調べて返事したそうです。

――(笑)

そういえば以前、「惜しむ春の鳥」って書いてなんて読むんですかって聞いてきたことがありました。

――「惜しむ春の鳥」

春を告げる鳥だったら「春告鳥(うぐいす)」ですけど、「惜春鳥」なんてない、っていったら、松竹の映画の宣伝部だっていうんですね。なにかと思ったら、「惜春鳥」は木下恵介が作った鳥だってことなんですよ。「惜春鳥」は、津川雅彦なんかが出てた映画の題名で、青春を惜しんで大人になる世代の子供たちっていう意味らしいんです。読み方は漢字そのままに「せきしゅんちょう」。そんな電話まで研究室にかかってくるんです(笑)

――新しく作った言葉ですか?

作った文字づかいですね。

――いろんなところから問い合わせがくるんですね。気楽に(電話を)かけてくる人が多かったんですか?

ええ、研究室にかけてくるんですよね。NHKですが、「かわゆい」って言葉を若い者が使うみたいですけど、どうですか、って聞くから、私は昨日ドイツから帰ってきたばかりで、今の言語事情はよく知らないから、って答えたことがありました(笑)

――今の言葉というと「られる」の「ら」が落ちるっていうケースが多くなりましたよね。放送でもアナウンサーが結構使っていますが。

「寝れる」とかですね。

――やっぱり言葉は、だんだん変わってきてしまうんですか?

いま、ちょっと話題になったりしているんですけど、させていただくっていう、よませていただくっていうのがありますね。こないだ野田総理大臣がテレビで「お会いをさせていただきまして」て言ってました。「させていただく」ってのが、ものすごくはやっているんですね。

――丁寧に継ぐ丁寧。過剰なんだけどそれに慣れてくると、またさらに丁寧になってしまう。

そうなんですね。「読みます」って言いにくいときに、「読ませていただく」って、結構口からでてくるんですね。

――コンビニなどで1000円渡すと、「1000円でよろしかったでしょうか」って過去形で返ってくる、よくわからない言い方が、いまでは普通になっていますよね

「1000円からお預かりします」っていうのは、減ってきたでしょ。一番ひどいのは「ちょうどからお預かりします」(笑) そういうときに「キミ今なんていった? 1万円からっていわなかった?」って返したことがあって、「違いましたか」っていうから、「違わない、ただその『から』ってどういう意味なの?」って聞いたら、「はぁ……ってそういえばへんですね」って。きっと「から」だけじゃなくって、僕のこともへんな客って思ったでしょうね(笑)。

(以下、Vol.2 へ続く)

山口 明穗(やまぐち あきほ)

国語学者、東京大学文学部名誉教授。
1935年、神奈川県生まれ。東京大学文学部卒、1963年東大人文科学研究科国語国文学専修博士課程中退、愛知教育大学専任講師、1967年助教授、1968年白百合女子大学助教授、1975年教授、1976年東大文学部助教授、1985年教授、1996年定年退官、名誉教授、中央大学文学部教授、2006年定年退任。
著書に、『中世国語における文語の研究』明治書院(1976)、『国語の論理―古代語から近代語へ』東京大学出版会(1989)、『日本語を考える―移りかわる言葉の機構』東京大学出版会(2000)、『日本語の論理―言葉に現れる思想』大修館書店(2004)など。そのほか『岩波漢語辞典』『王朝文化辞典』などをはじめとする数々の辞書・辞典の編纂に携わり、GT書体プロジェクトでは日本語漢字監修を務めた。
▲PAGE TOP